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コミュ障・陰キャご自由にお呼び?

大学3年。思ったこと、感じたこと。

コミュ障で上等だ

いつまで消費してるんだろう。
大人しいと言われる自分に後ろめたくて、
嫌気がさして、そして、次から次へと言葉が出てくる口が達者な人を恨む。まるで、喋れない自分が駄目人間だと思えてくる。この社会の不適合者だと。

 

明るさ至上主義の虚構であと何回抗えば楽になる?いつから大人しいと言われたことを
素直に受け止めれなくなった?大人しいは私にとって侮辱の言葉だ。誰が言われて嬉しい?そうだな、せいぜい小学生まで。
扱いにくい人間だって分かってる。げんなりする、盛り上がりにかけるってのも自分のことだから自分で十分理解してるつもりで、そして何度も落ち込んでる。


口の上手さやノリという「物差し」が大きいこの虚構は、少々どころか存分に生き辛い。別に誰かに分かってもらえなくていい。引きこもりたくなるし、でもこうして吐き出したくなる。だから、書く。喋る能力を書くことに持っていかれた人間の生き辛さよ。って山に登って空に向かって叫びたい。書く能力なんてのも米粒ほどなんだけど。

 

もう少しノリよくて、喋れてたならって。喋りたがりの人とコミュニケーションを取った後、無理やり強気になってあいつらは聞く姿勢が全くなってないって保身して、そう思って、また落ち込んで。


コミュ障でも陰キャでも絡みづらくても、そんな社会不適合者だって、ちゃんと生きてるんだよ。あちら側の人には理解出来ないような世界を持って生きているんだよ。そう思えたなら少しばかりしっかりと両足で立てる。多分ずっと抱えたまま死ぬまで共にしているだろう生まれ持ったお荷物?お土産?それは絶望か、それとも希望か。一縷の望みに託して生き抜く力にして、消費し続けたい。